札幌グランドホテルの歴史のご紹介。戦後の明るい時代をご紹介いたします。

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HISTORY

戦後の明るい時代

天皇皇后両陛下、501号室にご宿泊

札幌グランドホテル501号室鍵

「かくて札幌における第一日の御日程を終えられ、一六時四十八分御泊所札幌グランドホテルにお入りになった。(中 略)この夜グランドホテル前には市民が雲集し、一目でも両陛下を拝したいと離れず、両陛下も窓際に立たれて応えられた。グランドホテルでは御旅行はじめての支那(しな)料理、フランスきのこのポタージュやひらめのバター焼など、ホテル自慢の御献立をお出ししたと聞く。」(昭和36年6月 札幌市編集発行:『北海道行幸啓誌』より抜粋) 昭和29年、札幌に天皇皇后両陛下がおいでになり、札幌グランドホテルにご宿泊されました。ご行幸の目的は、札幌で開かれた第9回国民大会にご出席することと、終戦後の北海道の実状を知り、慰問すること。 札幌市民にとっても、両陛下のご行幸はたいへんうれしい出来事でした。 天皇皇后両陛下の御泊り所という、嬉しい大役を果たした札幌グランドホテル。創立20周年にもあたるこの年は、その後の明るい時代を創っていく力の源になっていったのです。



さまざまなお客様をお迎えして

世界のスケート選手団宿泊
世界のスケート選手団宿泊時の様子
昭和29年1月。札幌円山競技場の特設リンクで、男子スピードスケート選手権が開催されました。戦後、日本で初めての国際的な大会でした。参加国は、日本・スウェーデン・ソ連・韓国・ノルウェー・フィンランドの6ヵ国。このうち、スウェーデンのエリクソン、ノルウェーのアンデルセンら当時世界一流の選手たちが、札幌グランドホテルに宿泊。こうしたスポーツ界のスター選手を迎えたホテルでは、きめこまやかなおもてなしを。さらに、大会前夜には、2階大宴会場で「選手歓迎お茶の会」も開かれました。

ニューヨーク・ヤンキースと特製メニュー
ニューヨーク・ヤンキース宿泊時の札幌グランドホテル
札幌の西欧文化の窓口として、大切な外国のお客様たちをお迎えしてきた札幌グランドホテル。そのたびに、特製メニューでおもてなしを。それぞれのお国の料理を十分に研究し、素材や味のひとつひとつにこまやかな心くばりをしました。そうして組まれたメニューは、必ず印刷されてゲストの方々に。

ニューヨーク・ヤンキース宿泊時のメニュー
ここにご紹介するのは、昭和30年に宿泊されたニューヨーク・ヤンキースのスペシャルメニュー。ポークチャップのアップルリング添え、デザートのピーチメルバなど、当時としてはなんともモダンなものでした。

ウイーン少年合唱団宿泊
ウィーン少年合唱団宿泊時の様子
昭和31年1月29日。札幌グランドホテルは、外国から小さなVIPをお迎えしました。NHKの招きにより来日した、ウイーン少年合唱団です。21名の少年たちは、特別仕立ての飛行機で来道し、宿泊先の当ホテルへ。素顔の彼らは、どこにでもいる無邪気な子供たちで、ホテルの廊下を走ったり、けんかをして引率の先生にたしなめられたり。しかし、さすがに記者会見では、おそろいのセーラー服姿で現れ、礼儀正しく日本の印象などを。また、翌日には、新東宝劇場で“天使の歌声”を聞かせてくれました。

6階の全面増築工事

7階「空の茶屋」への急な階段
7階「空の茶屋」への急な階段

昭和35年6月、6階の全面増築工事が完了。この増築で増えた客室は13室。それまで6階にあった「空の茶屋」を塔屋2階(7階)にそのまま移転したことによってできた急勾配の階段は、以来、建物のシンボル的存在となった。


創立30周年と雪まつりの電飾

雪まつり時電飾した札幌グランドホテル

2階テラスには、門出を祝う巨大な船型の燭台。塔屋の先端に翻るのはSGHマーク。そして、冬の夜空、鮮やかに浮かび上がった宏大な建物。昭和39年。この年、札幌グランドホテルは創立30周年を迎えました。これを記念して、2月3日・4日の両日、祝賀パーティーを開催。


雪まつりのパレード

また、第5回さっぽろ雪まつりに際し、幾千もの電灯で建物にメークアップを。さらに、当時の雪まつり恒例のパレードにも参加。参加者中最大のトレーラートラックに干支の龍や花・モールを飾って、駅前通りを行進しました。


札幌100万都市宣言

昭和40年頃の建設中の本館
(写真:昭和40年頃、建設中の本館)

昭和40年代、北海道躍進時代の幕開け。「開道百年祭」事業の実施を昭和43年に控え、札幌は大いに活気づいていました。
これを受けて、街並みにも近代化の波が押し寄せたのです。明治21年以来、北海道開拓の象徴として親しまれてきた赤レンガ造りの北海道庁庁舎がその役目を終え、高層新庁舎建設を開始。次いで、北大構内の学舎や市内各地の明治・大正生まれの建物も軒並み解体。こうした都市化の流れのなか、昭和9年開業時から親しまれた洋館5階建ての札幌グランドホテルも、地下2階、地上8階、塔屋3階建ての本館が完成。昭和41年、高層ホテルとして新たなスタートを切りました。 さらに、昭和45年札幌オリンピック開催決定に伴った地下鉄開設により、アカシア並木を抜けて駅前通りを走る路面電車は姿を消しました。こうして開道以来、洋風建築に彩られた街は、大きな変換期を迎えたのです。北海道開拓使庁ができてから、わずか1世紀。昭和45年に札幌は全国で8番目の100万都市宣言を果たし、名実ともに国際化した大都市へと躍進を始めました。


「開道百年祭」事業

明治新政府は新天地「北海道」の開拓を重視し、「開拓使」という機関を設けたのが明治2年8月15日。それまで「蝦夷地(えぞち)」と呼ばれていた名称が現在の「北海道」になったのも、この時のこと。
開道百年祭は、明治2年から数えて百年めにあたる昭和43年に行われた。札幌市の野幌森林公園内の「百年記念塔」のデザイン公募と建設、北海道大博覧会の開催、記念植樹、そしてスポーツの祭典の実施など、北海道民が参加できる形での記念事業が行なわれた。

赤れんが造りの北海道庁庁舎
赤れんが庁舎
(写真:赤れんが庁舎)

大通りから札幌駅前通りを北に進み、北3条の角を曲がると美しい銀杏(イチョウ)並木が道庁正門まで続いている。これは、北海道で初めて作られた並木である。また、この車道は、北海道初の舗装道路であった。 明治21年に完成し、現在はその役目を終えた赤煉瓦造りの旧庁舎は現在も「赤れんが」の愛称で開拓精神の象徴とされており、会議などに利用されるほか、一部が公開されている。



100万都市宣言

札幌市は昭和45年11月20日、「10月1日現在による札幌市の総人口は101万16人」と集計結果を発表。東京都をはじめ、北九州市に次ぐ全国8番目の“百万都市”に仲間入りした。
昭和45年といえば、北海道百年のシンボルとして建設を進めていた「北海道百年記念塔」が完成した年。開拓から100年で人口100万人を達成したこととなった。



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