札幌グランドホテルの歴史のご紹介。現本館・現東館オープンをご紹介いたします。

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HISTORY

現本館・現東館オープン

さらなる飛躍の時代

北海道への旅行客の増加により、その後ホテルの経営は好調。昭和35年には6階の全面増築工事を終了、さらに昭和41年には北欧風建築の新館を完成させるほど売上は順調な伸びを見せました。
この明るい時代の追い風になったのが、昭和47年の第11回冬季オリンピック札幌大会開催。ほぼ同時期に札幌雪まつりが開催された事もあり、札幌は一気に国際的な雰囲気に。札幌の街は観光ブームの活気に溢れ、唯一だった札幌グランドホテルの他に、札幌市内にはホテルが建設されました。そのため、札幌グランドホテルは昭和48年、旧館を取り壊し、新しく地上17階建ての高層ホテルを建築。これまで新館と呼んでいた建物を「本館」、新しい17階建てを「新館」と呼ぶことに。開業以来市民に馴染み(なじみ)の深かった塔屋5階建ての旧館に代わり、新しい高層建物が建設されるという一大イベントは、当時の札幌市民にとっても大きな出来事でした。
こうして、新しい札幌グランドホテルのおもてなしの歴史はさらなる飛躍の時代を迎えるのです。

札幌グランドホテル現本館オープン

本館オープン当時の屋上庭園
(写真:本館オープン当時の屋上庭園)

地下2階、地上8階、塔屋3階建ての鉄骨鉄筋コンクリート造り、小豆色のタイル貼りの荘厳な北欧風建築。昭和41年7月、札幌グランドホテルの現本館がオープンした。
全室浴室・トイレ付きなど当時では最新の設備を持ち、隣接する旧館と合わせると計255室を備える大規模ホテルの出現は、北海道民に大きな話題をもたらした。
なお、4階には200余坪の日本初屋上庭園が設けられ、都市化が進む札幌の心のオアシスとして親しまれることとなった。


北欧風建築の新館
新館の完成披露パーティー
新館(現在の「本館」)の完成披露パーティー
(昭和41年6月29日)
この新館は地下2階、地上8階の北欧風建築で、総工費は38億円という高額なものだった。旧館には浴室のない部屋があったのに対して、新館は全室浴室付。また、4階に1泊5万円の超デラックススイートルームを設けるなど、当時の観光ブームにおいての札幌グランドホテルの意気込みが感じられる。

地上17階建ての高層ホテル
札幌グランドホテル東館イラスト
現在の札幌グランドホテル東館
(昭和51年12月完成)
新館は、地下2階、地上17階、塔屋3階、延べ面積28,603平方メートルというたいへん大きな建物。それまで255室だった客室は倍以上の521室に増加した。また、3階に小中宴会場9室、最上階の17階にスカイバンケットルーム5室など豊富な会合施設を設け、高層ホテルに生まれ変っても創業以来の"札幌の社交場"を目指した精神を受け継ぎ続けた。

青銅のレリーフ
昭和41年当時のロビー
(写真:昭和41年当時のロビー)
煉瓦(れんが)造り、石造り、木造など開拓期をうかがわせる建物が姿を消し、近代的なビルに彩られた都市へと変わりゆく時代に先駆けて、昭和41年、札幌グランドホテル現本館がオープン。北の都を象徴するのにふさわしい北欧風建築の外観とともに、館内も北海道らしさに満ち溢れていました。
エントランスを入り、まず出迎えてくれるのがロビー正面壁画の青銅のレリーフ。エゾシカ、ヒグマ、タンチョウヅルなど北海道の動物たちがハマナス、エゾマツなどが茂る北の大地で息づく、おおらかな構図。「このホテルの壁は北国のイメージを発想の出発点にしたいと考えた」と、製作者である彫刻家・佐藤忠良氏が語っているように、そこには雄大な北海道が広がっています。
昭和9年、道内に西洋文化を発信するという使命を持って生まれた北海道随一のホテルは、30余年の歳月を経て、北海道のすばらしさを伝えていくホテルへと変換の時を迎えました。その象徴とも言える青銅のレリーフは、現在でも札幌グランドホテルの玄関口を守り続けています。

LESSONのブロンズ像
LESSONのブロンズ像
(写真:「LESSONのブロンズ像」)
最後の“戦前派”、札幌グランドホテル旧館の跡地には、地下2階、地上17階、塔屋3階建ての新しい北のシンボルが誕生しました。昭和51年、新館(現東館)オープン。このオープンを記念して制作されたのが、「LESSON」のモニュメント。本館メインロビーの右手奥、和やかな噴水の中央に位置する、3人の踊り子のブロンズ像です。
作者は、『わだつみのこえ像』などで有名な日本を代表する彫刻家・本郷新氏。モチーフとなっている3人の少女は、札幌グランドホテルの創立者である北海道庁・札幌市・札幌商工会議所への感謝の心を託したものといわれています。
みずみずしい表情と柔らかな曲線。ホテルの感性に、時代のフォルムをプラスしたこのモニュメントは、現在もロビーを行き交う人々をふと立ち止まらせる不思議な魅力をたたえています。

彫刻家・本郷新氏
大通公園の「泉の像」
(写真:大通公園の「泉の像」)

1905年(明治38年)、札幌生まれ。札幌をはじめ全国各地にモニュメントを建て、また初期道展彫刻部の指導者として、札幌にもっとも多くの足跡を遺した彫刻家。
昭和55年没後、札幌彫刻美術館と本郷新記念館が翌年開館し、その功績が称えられている。代表作は昭和28年に京都の立命館大学に建てられ日本平和文化賞を受賞した戦没学生祈念像「わだつみのこえ」。このほか、札幌には、大通公園の「泉の像」、札幌駅前の「牧歌」、真駒内公園内の札幌冬季オリンピックを記念した「雪華の舞」など。
また、道内には、函館大森浜の「石川啄木(たくぼく)像」、小樽の「小林多喜二文学碑」、旭川常盤公園の北海道開拓記念碑「風雪の像」、網走能取岬の「オホーツクの塔」など約30体のモニュメントがある。



第11回冬季オリンピック札幌大会開催

皇族の方々専用の食器
皇族の方々専用の食器

昭和47年2月3日から13日まで開催された第11回冬季オリンピック札幌大会。真駒内、大倉山、宮の森、手稲山などの各会場で行われ、35ヵ国、1,665人の選手・役員が来札した。 札幌グランドホテルには、昭和天皇・皇后両陛下のご宿泊・お食事というホテル本来の役割のほか、選手村の台所運営という大任が課せられた。
当時の札幌グランドホテル調理部長、斎藤慶一シェフが選手村に出向。北海道らしさを活かした「帆立貝のバター焼き」「にしんのブランデー漬け」など北の海の幸は、各国の選手たちに好評を博したという。


消える“戦前派”

旧館取り壊し工事風景
写真:旧館取り壊し工事風景

昭和48年。この年は、札幌の建物の歴史にとって、大きな転機となりました。昭和初期、札幌の3大建築と言われた「札幌市役所旧庁舎」「札幌グランドホテル旧館」「札幌警察署」のうち、前者2つが解体されたのです。 「札幌駅前通りに面したベージュ色のクラシックな建物。38年間、札幌っ子に親しまれてきた札幌グランドホテルの旧館が、今月15日で営業を停止し、春までに取り壊される。昭和40年ころまで北海道唯一の洋式大ホテルとして、さまざまな歴史を刻んできたが、時代の波には勝てず、新館に席を譲ることになったわけ。これで、札幌の駅前からは、戦前からの大きな建物はすべて姿を消す。」とは、昭和48年2月7日付けの新聞記事。折しも前年の札幌冬季オリンピック開催や、雪まつりの人気定着で北海道への観光客は増える一方でした。
大都市としての新たなスタートを意味する昭和45年の“100万都市宣言”からわずか3年。札幌の文化の象徴としてあり続けた札幌グランドホテルの塔屋を含む5階建ての洋館解体を契機に、札幌の街並みは大きく変化していったのです。


札幌グランドホテル新館(現東館)オープン

新館は地下2階、地上17階、塔屋3階建て。塔屋を含め高さは70.6mと旧館の実に3倍以上の高層ホテル。
延べ面積は28,603平方メートル、小中宴会場9室、17階にスカイバンケットルーム5室と、会合施設を豊富に作り、“札幌の社交場”を目指す創業以来の精神を受け継ぐものとなった。



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